眠り姫とゲーム狂の受験日記

小学校の卒業文集に「東大、京大に入る」と書いた娘と、それを鼻で笑った父親の大学入試までの日記。それにつられて、「俺も京大」と言い放った弟の入試も添えて…

記念受験

 関西女子最難関ともいわれるR中を受けたのが、今のガッコの合格発表があった日の翌日だった。昼ごろ、旅行支度をしてガッコに向かい、もし番号がなかったら翌日も後期試験を受けに、ここに来なければならない。合格すれば、R中を目指して即高速飛ばす。というスケジュールだった。ま、試験というよりご褒美小旅行の側面が強かったのは否めない。

 試験は、もともと偏差値足らんこともあるし、なにせよ赤本すら1月前に購入してぽつぽつとやってただけ。親としては、受かるはずもないし、逆に受かったら困るぐらいの気持ちだった。

 試験当日は、何より、アウェイ感満載の受験会場に驚いて帰ってきた。試験が始まる前には、塾の大きな集まりが3つも4つもあるし、試験が終わったらすぐに中学生向けの塾の勧誘のパンフレットを山のようにくれる。いずれも、地元ではありえない光景。さすが、関西の名門と思ったというのは、母親の弁。

 が、当の娘は、試験に落ちたことがショックだったみたい。もちろん、そのころにはたとえ受かっても地理的にこんなところまで通えるわけないことも分かっていたのだが、思いのほか試験ができたことに一縷の望みをかけていたような感じがあった。もっとも、その時の試験が易化していただけとは思うのだが…。

 だれに報告しても、「地元で一番の第一志望受かったんやから問題ないやん」と言われたみたいだが、どうも本人は納得いかなかった様子。まあ、それも試練かもしれん、と思い、数日を過ごした。

 数日後、何気にR中試験当日に配られた塾の資料を見ていたら、予備校かなんかの成績優秀者の一覧が張ってあって、ラインを引いてあるページがあった。そのラインの子がその塾の生徒で、結構線だらけの表になっている。それだけその塾がすごいんだっていう、広告だ。

 が、気になったのは、その線の引いてない子。名簿の中に、今のガッコの子の名前があった。珍名というほどではないが、地元ではあまり見かけない名前。確か、同姓の子が塾にいて、上位争いしてたよな。と思いだす。

 「この○○クンって、塾の○○クンのお兄ちゃんちゃうん?」

この際、真偽のほどはどうでもいい。もう件の表の○○クンは、もう知り合いみたいなもんのように話を続ける。

 「へえ、全国でもこんなに上位にいるんや。Rの子に負けてないなあ。」

ご機嫌なおりました。上には上がいることを知ったこと、そして、まだ頂点を目指せる位置にいることが分かっただけでも、記念受験、プチご褒美旅行の甲斐があったというものでした。受験料宿泊費等々、結構な費用は掛かりましたが、数年後に生きた金になると思いたいものです。